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Otsdarva

ARMORED COREが好き過ぎてベルサイユのばらを読み、BANANAFISHを探す日々が続き、バイオハザード5(借り物)をチャプター2まで進める間にARMORED CORE for Answerを六週した俺参上。
そういうわけでコメント返信。

コメント返信

<<ぼぶ 様
極論だから致し方なし。

<久々の更新意欲に俺は驚愕した。

<<紫色の柴犬 様
いまのこのブログは両端の欄を消して行の数を変化させる事、
りんく(コメント)を押して行の数を変化させる事が出来るから、
やる気を持ち、試行錯誤しないと縦読みは難しいです。
かわいい、好き、のあたりに焦点をあてるとわかります。
わんだふるな柴犬さんが元気なら私も元気です。
いい感じの毎日を過ごしています。
いん、じゃぱん。

<<にしき ちゃん
納得されると困る。

<<菊 様
俺も今はいない筈。
そう思い込んでるだけかもしれないが。
嫌いじゃなければ好きってことじゃダメなのかね。



更新意欲は出たが書く事がない。
赤い糸の話なら書けますが。
アーマードコアのことも書けますが。
フルーツバスケットのことでも構いませんが。
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敵意の大地に種を蒔く

今更ながら明けましておめでとう御座います。
御久方振りです、私だ。
春休み、という事で久々にMapleに参戦中。
多分次に集中して出来る機会は来年の春休みになると思います。
春休み終わり次第勉学一本、志望大学に向け奮戦する、予定です。
第一志望は高望みですが、とりあえず全力を尽くすのみです。
思い返してみれば、高校生活は入院から始まり、長期休暇以外ろくにMapleに触れていない気がします。


今年は山中で新年を迎えました。
生まれて初めて初日の出を見て、太陽の動く速度が想像以上に速く衝撃のアルベルトでした。
自転車で海まで走り、海で殴り合い、バレンタインは朝五時に起き築地まで行きカカオマスを買いチョコレートを作る、等。
逆チョコ所か男子さえ受け取らないチョコレートになりましたが、一部美味いチョコレートは後日友人と二人で食べました。
塩チョコ、ちんすこうチョコ、福豆チョコ、ガラムマサラシナモンクミンシードチョコ、カカオマス100%チョコ、煮出し用いわしチョコ、普通のチョコ、製作後一ヶ月冷蔵庫に入れておいてなお固まらないチョコ、etc・・・。
部活顧問の先生に渡しましたが、捨てられた気もします^^
毎週自転車で80km近く走る生活でした。
多い週で100km走る週もありました。


それで、最後の試験目前に生まれて初めて坊主にして。
半ば諦め、半ば気合入れ、半ば反省。
世の中にはくどいくらい流されない戯言遣いもいるわけですが、俺は流れ流され早17年の川の流れのような人間な訳です。
流された事で今も罪悪感を覚えていたり、影響されたお陰と感謝している事様々ある訳です。
例えば受験前。
クラスが軽い気持ちで浮かれていても流されるかどうか。
少しでも真面目な人がいれば流されずに済むかもしれませんが、全員が全員そうならどうなることか。
今回はそういう事ではなく、
なんというか中途半端に希望を持っているような状態でした。

臆病になったと思います。
だからそれを克服しようと賭け半分で動いてみる、そんな事を繰り返していました。
杞憂という事は結構多いもので、案外動いてみると大丈夫な事が多いから。
そんな感じで切りました。
切るべきか、切らぬべきか。
悩む事をやめて、動いたわけですが、結局の所思考を放棄したわけです。

割と簡単に捨てられるものの重要なことというものがある訳で、そういう場面になったとして自分はどうするか。
決めて捨てる事となんとなく捨てる事は違うわけで、決めれれば満足な訳ですがなんとなく捨てて。
その結果絶対ない、と確信していた方の目が出て、おそらく賭けに負けたわけです。
最後の最後まで結果は分からない、とも言えますが。
自分で自分自身を情けねえな、と思いつつもそういう結果が出てくれた事が嬉しいわけです。
案外どうにかなるんじゃないか、と。
賭けの結果を最後まで見てから動くか、今動くか。
早めに動いた方がいいと思っていて、だからといって簡単にも決めれず。
だから何を決めるかって早めに動く事を決めたわけです。
賭けに負けようが勝とうが後悔しないように、と。


抽象的に書いてる上に観念的な事なのでわかりにくいですが、まあ意図してわかりにくく書いているわけですが。
ようするに臆病になったから勢い任せ運任せで突っ込んで、現実主義が如く確立の高い方に思考放棄して突っ込んだら確立の低い、まあ望んでもあった方になって、自分の情けなさに気付いて反省したってことだな、うん。


情けなさついでにもう一つ。
この年になって恋をするってことはまあ成長したってことなんだろうな、と思いました。
初恋が早ければ早いほど精神年齢は高いって極論でいえばそうなるわけですが。
その例でいえば自分は幼いんだろうなー、と。
実際若いし未熟で半熟な事は否定できません。
何が嫌いかじゃなくて何が好きかでモノを語れ、なんて言葉がある訳ですが。
嫌いな人に嫌いって言える事も大事な事だと思う訳です。
気遣いなんて優しい嘘がありますが、まあそういうの嫌いじゃないしそういうののお陰で生きていけるってこともわかってますが全体を俯瞰したらどうなのかなー、と。
どんなに嘘で塗り固めても苦痛は苦痛だし、嫌いなものは嫌い、とまあそういうことで。
包み隠さないほうが自然でまともなんじゃないかなーって思ってた時期もあったわけですが。
ようするに嫌いな人に嫌いっていえた時期。
そーいう時期があったわけです。
そういう嘘が我慢できない時期があったわけで。
騙すなら騙しとおさないと意味がないことも多々あって、途中で剥がれてしまえば最悪な結果になることもあるわけですよ。
で、まあそういう事を経験して。
好きな人には好きって言えて、嫌いな人には嫌いだって言えるそういう時期があったわけですよ。
初めての告白が貴方のことが好きです、じゃなくて貴方の事が嫌いです、だった人間なんて最悪だろうなー、と。
まあそれは自分の事で。
更に言うなら女の子に好きだなんて告白したことねーよ、じゃあさらに悪いじゃねーか、ばーかばーか人間失格のひとでなしやろーってことになるのかもしれないです、ごめんなさい。
人を嫌いになるってことは自分の価値も相手の価値も認めた上でのことだと思ってます。
言い方が誤解を生むと思いますが。
嫌いになれるってことは多少なりとも自分に好きなところがあるわけで。
まあ、嫌いな人にもいいところがあるって事くらい思っておけば嫌いになってもいいんじゃないでしょーか。
だからといって人を嫌いになることを肯定しているわけでもないですが、俺が昔嫌いだって言った人も今では嫌いじゃないわけで。
皆大好きですよー、っていうよりは嫌いな人がいるほうが人間らしいし、もっともらしい。
嫌いな人なんていませんよ、なんていう人を信じられない人も結構いると思います。
そういう意味で自分が嫌いな癖に人を嫌いになれるって事がどういうことかわからんね、もうさっぱり。
自分が間違ってるってわかってるくせに何を基準に人を嫌いになれるんだか。
自分の事は嫌いだけどもっと嫌いな人がいるってのは自分以下がいるから安心できるってことで結局の所自分がかわいいだけなんだろーな、と思ったり思わなかったり。
邪推の戯言っつーことで。

続く?
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茅勇基

Author:茅勇基
絵:にしき

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